コープこうべの平和・国際活動

生活協同組合コープこうべ

ユニセフスタディツアー 生きる希望、すべての子どもに

 
 日頃より、世界の子どもたちのためにユニセフ(国連児童基金)の活動に関心を持っていただきありがとうございます。コープこうべでは2006年7月に機関紙『きょうどう』でユニセフ(国連児童基金)のユニセフ・ラオス・スタディツアーの公募をし、選考の結果、酒井明子 さんの派遣が決定しました。視察旅行は日本ユニセフ協会の主催で11月12日(日)~11月19日(日)の間に実施されました。

(1) コープこうべの派遣の経緯

 コープこうべでは1983年度からユニセフ・スタディツアーへの派遣を開始し、2001年は旧ユーゴスラビア、2002年はラオス、2003年は東チモール、2004年度はネパール、2005年度はスリランカに派遣しています。    

(2) ユニセフ・ラオス・スタディツアーの目的

今回の目的は以下の通りでした。
〈1〉その国の子どもと女性の状況はどうか。
〈2〉子どもと女性の問題の原因は何か。
〈3〉政府の社会政策、特に子どもと女性に関する政策は重視されているか。子どものための目標は作成されているか。
〈4〉ユニセフの援助事業①誰が主な対象か。②重点地域はどこか。③各援助事業(保健、栄養、教育、水と衛生、女性開発、子どもの保護等)の内容。④重点事業は何か。

(3) 今回の訪問先(ユニセフ・ラオス・スタディツアー日程)

 11/12関西空港発→バンコク→ビエンチャン、11/13ビエンチャン・ユニセフ事務所→女性と子どものためのカウンセリングと保護センター訪問→サバナケット県(泊)、11/14人身売買され送還された子どもの親と懇談→サラワン県乳幼児ケア調整委員会と懇談→サラワン県(泊)、11/15母子保健活動視察→村開発委員会と懇談→教師や児童と懇談、水と衛生、エイズの視察→サラワン県(泊)、11/16サラワン県の支援未実施村を訪問(Napho 村)→小学校訪問、ユニセフの子どもにやさしい学校プログラムを視察→サバナケット県(泊)、11/17サバナケットからビエンチャンへ→ユニセフ事務所 →ビエンチャン(泊)、11/18ビエンチャン市内視察→バンコク→11/19関西空港着

ラオスという国

 訪問したラオスという国はタイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、中国の5カ国に囲まれた国です。その歴史は、1353年ランサーン王国として統一さ れましたが、1895年フランスの保護領となり、そして、1941年第二次世界大戦中は日本の占領下におかれました。1953年に独立しましたが、 1957年インドシナ戦争が勃発した後は、アメリカが王党派政府を支援し、共産主義のパテト・ラオ派と対立したため、ラオスはひどい爆撃をうけました。そ の後、1975年パテト・ラオ派が勝利し、ラオス人民民主共和国が成立。しかし、戦争から30年以上たっても、不発弾による被害は今もなお続いています。 そして、残されている不発弾に対して、多くの国が資金援助や技術援助をして、回収や被災者の援助にあたっています。
現在のラオスは面積が約24万平方キロメートルでイギリスより僅かに小さい面積です。人口は約570万人。国土の3分の2が山岳地帯で、インフラの整備が 阻害され、産業は農業が主で国民の大半は自作農です。人口の73%は一日2ドル以下で生活している世界で貧しい国のひとつです。

女性と子どもへの支援活動を視察

 今回のツアーの目的は、ユニセフの女性と子どもへの支援活動を視察することでした。首都であるビエンチャンからメコン川沿いに車で約8時間以上南に下ったサバナケット県とサラワン県を訪れました。

カウンセリングと保護センター

 11月13日に、ユニセフなどの支援で設立された女性と子どものためのカウンセリングと保護センターを訪れました。ここは人身売買や暴力、離婚などにより被害をうけた女性を保護することを目的とした場所です。

人身売買され送還された娘さんを待つお母さん

 11月14日は、娘さん二人がタイに人身売買され、送還されたおかあさんのお話を実際にお聞きしました。仕事をちゃんとさせてもらえて、家族の負担を減 らせると信じていたにもかかわらず、だまされて思わぬこととなり、タイで保護されて帰ってきた娘さん二人。当時のことを涙ながらに話をするお母さん。同席 していた労働福祉省の方が人身売買についての話をしていましたが、その話を動きもせずにせずじっと聞くお母さん。私はその姿を見ているだけで精一杯でし た。

 11月15日~16日は、サラワン県の2つの村と3つの小学校を訪問しました。ユニセフの支援があるナターン(Nathan)村では、母子健康診断やエ イズ(HIV)教育が行われていました。村長さんのお話でも、ユニセフの支援で井戸ができて、女性と子どもが遠くまで水汲みに行く必要がなくなりました。 トイレができて衛生的になり、学校のおかげで、子どもたちが明るくなったという様子がうかがえました。
 一方、ユニセフの支援のないナポ(Napho)村では、トイレはなく、ひと家族に子どもが数人産まれても、到底全員が育つ訳ではないという厳しい環境にあります。

 また、この2つの村の小学校と、ユニセフの子どもにやさしいプログラムをみるために、もうひとつの小学校を訪れました。2つの村の小学校とも授業料は負 担してもらえますが、教科書は費用がかかるためでしょうか、子どもたちは持っていませんでした。後者の小学校では、日本からおくられた“水と衛生のキット ”のうちの紙芝居や歯磨きの練習をするなど、衛生教育が行われていました。校舎、教科書・学用品等の有無や授業内容に違いはあっても、どの子どもたちもサ バイーディー(こんにちは)とあいさつして、明るく迎えてくれました。

 今回のツアーで、ユニセフの募金が母子保健・子育て支援活動、学校、井戸、トイレに有効に使われていることはよくわかりましたが、ラオスの全県、さらに は県のすべての村にいきわたっているわけではありません。同時に、世界では、まだまだ支援を待っている子どもたちが大勢います。

 私が、今忘れることのできないのは、人身売買され送還された姉妹のお母さんの涙です。また、支援をうけていない村で、自給自足もままならず、物乞いをし て生活しているのに、明るくしているお母さんの笑顔と、同じ村で真剣に教育の必要性を訴える若者と先生の姿です。このこともラオスの現実のうちのひとつで す。

 しかし、その厳しい先生の顔も子どもたちの中に入ると、一変してやさしい笑顔になります。小学校で子どもたちに「将来何になりたいですか」と聞くと、ど の子も「せんせい!」と答えます。そして、自然の中でゆったりとして生活して、貧しいのに、私たちをご馳走でもなしてくださった村の人たち。ラオスは貧し いけれども、私はたくさんの心温まるものを教えてもらいました。

 そして、すべての訪問を終えて、ユニセフラオス事務所に戻り、ベランダからすばらしい夕日の中に、ゆうゆうと流れるメコン川を見ることができました。通訳の青年、ルリーの言葉です。
   「メコン川は母なる川。夢と希望を運ぶ川」
 この言葉に思いを託し、同じアジアの大地に立ち、ともに助け合いながら、歩んでいけることを願いつつ、ラオスの地を離れました。 コープチャイ(ありがとう)。本当にありがとうございました。

2006年度 ユニセフスタディツアー
ナターンの井戸
ナポ村の小学校
水と衛生のセット